関ヶ原GO!GO!GO!(その2)

笹尾山から島津義弘の陣跡を目指します。

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民家を抜け森を抜けた所に島津陣跡がありました。この碑を見て左手に回っていけば関ヶ原になります。後方へ行けば最短で関ヶ原だと思いますが当時は森となっていて軍勢は動かせなかったのでしょうか。場所的には窪地となっており左手から鉄砲隊が狙撃することにより最後まで戦闘に参加せずに済んだのでしょう。
ここから有名な島津の敵陣中央突破を行うのですが、ここから徳川家康最後陣跡までは大した距離ではありません。最後の最後に島津軍が突撃を仕掛けたときの徳川軍の狼狽振りが想像されます。

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そのまま進むと開戦地があり小西行長陣跡になります。山道を少し歩いてまた山道に入ると宇喜多秀家陣跡があります。

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西軍主力部隊の陣地は背後を山に囲まれた地の利を生かした陣地です。
藤古川ダムを超え大谷吉継の墓を目指します。山道を400mほど登るのですがさすがにきつくなってきました。途中で先行者の方とすれ違いもう少しで到着することを聞いて勇気100倍。

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判官贔屓もあり、このお墓だけはぜひ行って手を合わせたかったのです。このお墓は敵方の藤堂仁右衛門が建てたといわれています。敵の墓を暴き、死体に鞭を打つようなどこぞの国の人たちとの友好なんて可能なのでしょうか?

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そのまま山を降りると平塚為広の碑があります。さすがに疲れたのでこのまま国道21号線で関ヶ原駅へ向かいます。

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国道沿いに西首塚があります。

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関ヶ原駅に戻ってきたのは13:30頃。約3時間の散策でした。昨日の長時間の乗車中にヒザが少し痛かったのですが、本日の散策後は左ヒザが痛くなりました。

自分で歩いてみた感想は、関ヶ原の合戦は野戦の得意な徳川家康とはいえ無理な戦ではないかと。ただ小早川秀秋が裏切ること、南宮山の吉川、毛利軍が戦わないことが事前にわかっていれば当然戦うかと。陣形だけから見ればドイツ軍のメルケル将軍ではないですが西軍が勝つように思いますから。

もし徳川が負け豊臣の時代が300年続いていたら関東は都会とならず田園風景が続き、利根川だって毎年多数の天然遡上の鮎で楽しい鮎釣りができていたかもしれませんね。

この後は本日の宿泊地弁天島を目指します。

弁天島到着は16:03です。

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本日の宿です。

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宿の裏手(表?)には鳥居が見えます。干潮の時間帯なので砂が見えます。

とりあえず風呂に入って疲れをとります。露天風呂は水着着用なのですが事前に用意してきたので、ぬるめの露天風呂で横になって休みます。

一休みして散歩兼夕食へ出かけます。風が冷たく結構寒いです。

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下げ潮が進み砂の露出が増えてきてます。
近くでシーバス釣りの人と話します。結構釣れるようです。
そのまま海沿いを散歩していくと魚市場がありました。ここでも何人か釣りしてますが寒いので早々に退散します。

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本日の夕飯はこの’魚のてっちゃ’です。

事前に調査した通りのお店です。カウンターに座って勝手に常連さんとの会話に混ざり気分は常連さんの仲間いりです。楽しい飲み屋さんです。つまみも最高で焼き牡蠣、鰯の天ぷらなどお酒が進みます。刺身のお勧めをマスターに聞いたらあなたの好みしりませんからできませんと。そりゃその通りと大笑い。お任せで盛り合わせにしてもらうと、カサゴ、サヨリ、イカ、ナメロウでした。すべて最高です。熱燗と一緒にあっという間にペロリ。

宿に戻ったのは8時過ぎだったと思いますが、あっというまに夢の中へ。

翌日に続きます。

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地底には地底人がいると思ってました。その地下には最低人ですか?

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